動物と自然日本語
つきよのクジラ
満月の夜、小さな港の桟橋は、しんと静かだった。
ミオは桟橋のはしに座っていた。今夜クジラが湾に来ると、おじいちゃんが言っていたのだ。ミオは、そのクジラにひと目会いたかった。
でも、海は黒くて平らで、クジラはどこにもいない。
ミオは大きく息をすった。
「おーい!」
すると、むこうの岩山から、ひと息おくれて返事がした。
「……おーい!」
この湾のこだまは、いつもおくれて返ってくる。
クジラは出てこなかった。
ミオは、バケツをたたいた。岩山も、おくれて鳴った。
それでも、海はしずかなままだった。
「どうしたら来てくれるのかな」
ミオがため息をつくと、「……のかな」と、ちいさく返ってきた。
ミオは、はっとした。こだまが聞こえるくらい、あたりはとても静かなのだ。
大きな声は、いらないのかもしれない。
ミオは口をとじて、じっと耳をすませた。
波の音がした。
それから、海の底のほうで、低い音が鳴った。
「ぼおぉーん」
水に映った月が、ゆらゆらふるえた。
ミオは、そっとハミングした。
「ふぅーん」
岩山が「……ふぅーん」と返した。そのあとで、クジラも「ぼおぉーん」と答えた。
月の真ん中がもりあがって、大きな背中が出てきた。つやつやと光って、お月さまとそっくりの色だった。
ぷしゅーっ!
潮がふき上がり、ミオの頭にぱらぱらと降ってきた。
「わっ、つめたい!」
ミオが笑うと、「……つめたい!」と岩山も笑った。
クジラは、ゆっくり目をほそめた。
ミオのほっぺたを、しずくが一つ、つるんと流れていった。月の光の中で、波がやさしくゆれていた。